ぼやきのおっちゃん。のネタブログ
知に働けば角がたつ。情に竿を指せば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくこの世は住みにくい。 夏目漱石著 草枕 より

FC2カウンター ×

プロフィール ×

ぼやきのおっちゃん。

Author:ぼやきのおっちゃん。
お笑いは人生の妙薬といいます。
ネタ好きおっちゃんの阿呆な親父ギャグに笑って頂ければ幸いです。
え!、白くない?。
まあ、そういわんとネタ画像でも見ていってくだはい。w
嫌な事も笑いがあればすっきりします。
このブログで癒される方がおられれば幸いです。
最近はややこしい事ばっかり書いている。。。


中学英語テスト? ×

カレンダー ×
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

PR ×
商品無料仕入戦隊『電脳卸』


最近の記事 ×

カテゴリー ×

最近のコメント ×

最近のトラックバック ×

月別アーカイブ ×

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


足立区綾瀬女子校生コンクリート殺人事件を顧みて思うに(仮
【2010/12/08 04:33】 未分類
 結論から先に言う。 
1989年5月20日(土)から、1989年5月27日(土)まで、「赤旗」に8回にわたり掲載された、追跡女子高生監禁殺害事件に目を通して思うに、問題の所在は家庭、学校、社会環境に各々あることを認めつつも、恣意的にウエイトのかかり具合を学校と社会に偏重させている。Cの非行歴など、一連の流れを途中でぶった切って結論を与えたり、C家両親の付け焼き刃的な行動を過大な教育と評価したり、あえてC親夫婦に同情を引くような結論を与えたりしている。赤旗の論に権威を持たすためか、教育評論家の小島昌夫氏と、児童福祉司の上坪陽氏の意見を掲載しているが、ネットで両名の名前を検索すると、九分九厘、共産党関係者であろう事が推測できる。ゆえに、赤旗のこの一連の掲載は実にちんけな、身内庇いの駄文でしかないと断罪する。ただ、Aの存在がなかったら、はたして他の少年達は、このような犯罪に手を染めたかと思うと、哀れに思う。また、Cの家庭という社会環境がなかったら、被害者のEさんは亡くならずにすんだであろうと思うと、深い悲しみに涙する。

赤旗記事、追跡女子高生監禁殺害事件、掲載第一回目、追跡女子高生監禁殺害事件 <1>は、
二つの内容に分けて見ることができる。 

A)第三者が確認できうる内容。
被害者Eさんが自宅に連絡したという話。(警察が傍聴)

B)第三者が確認できない内容。
Cの親夫婦がEさんに家へ帰るように諭したという話と、
親はEさんもCらの非行グループの仲間の女の子という認識だったと言う話。

客観的に確認を取れる話と、加害者の親とそのグループからしか証言を取れない話という、同じ俎上に上げてはならない話を、どうして同列に扱うのか。赤旗のマスコミとしての姿勢を問題視する所以である。

 被害者Eさんが何回か自宅に連絡したという話であるが、高裁の判例によると、同年一一月末から一二月一六日ころにかけて、三回にわたり、Eに、「家出しているんだから捜索願いを出さないで」とか、「捜索願いを取り下げて」などという電話を自宅にかけさせ、Eの所在を捜索されるのを阻止しようとし、とある。と同時に

また、そのころ、被告人Cの母は、たまたま自宅にEがいるのを知って、E方へ偽名で電話したが、Eの両親は、右偽名を頼りに諸所へ電話をかけるなどしたものの徒労に終り、

とあり、Cの母親は実に不思議な行動を取っていたことが見て取れる。
Cの母親はどこでE家の電話番号を知ったのか。どうして偽名を使うという、捜査が攪乱しかねないことをしたのか。Cの母親がEさんに家へ帰るように諭して、帰ってないことが判明した時点で、E家に連絡しなかったのか。

赤旗が書き流している内容を、注意深く吟味すると、摩訶不思議な疑問が、次から次へと湧出してくる。

以下は、子供に対して、親が負うべき義務を放棄していながら、何をほざくかとしか言いようがない。

 非行グループのたまり場となっていることを知りながら、非行の芽を摘み取
 る具体的処置は取れませんでした。女の子や他の子の親とも連絡をとり、親同
 士で対処する努力が必要でした。この時期、一切を母親まかせにしていた父親の
 責任も厳しく問われます。

 許せぬことには、一歩も引かず、きぜんとし立ち向かう親の姿勢があれば、
 最悪の結末だけは避けられたはずでした。


 Cの両親は事件後、弁護士を通じて「被害者の両親にはおわびのしようがな
 く、償いようがありません。深く反省しています。............賠償金などで
 済むようなことではありませんが、事件の現場となった家と土地を売って、裸
 になってでもやっていく覚悟です」と語り、眠れぬ夜を過ごしているといい
 ます。

上記引用文を読むと、Cの親はしおらしく反省の意を表し、哀れで同情心すら抱くが、高裁の判例に目を通すと、原判決後、同被告人の両親が、自宅を売却し、その中から一〇〇〇万円をEの遺族への賠償金として提供するため積み立てていること(遺族は、現段階ではその受領を拒絶している。)と、赤旗記事が恣意的にC親夫婦寄りと取れる文章であることが分かり、結果、怒りすら誘う。




 赤旗記事では、Cの非行は、中学校の所属していた運動クラブの、指導教師の暴力が原因で、他の学生と集団退部し、学校から他の運動クラブへの入部を拒否され、(注・中学校が、Cの他クラブへの入部を拒否したのは、それ相応の理由があったのであろうと推測する。赤旗の文脈によると、あたかも教育機関の横暴と捉えられるものであるが、学校側としては、余程の教育的判断がない限り、このような対応は取らない。教育機関故、事情を公表できないのではないか。) 放課後の時間を持て余し始めたことが原因で、ゲームセンターに出入りしたり、漫画を読んだり、等の怠惰な生活を始めたのが非行の始まりのように錯覚させられるが、東京高裁が公開している判例、【褻誘拐・略取、監禁、強姦、殺人等被告事件】に目を通すと、Cの非行は小学校高学年から始まり、万引きはおろか、恐喝など、捨ておくことのできない状態にあったことが見て取れ、決して赤旗の記事の通りではないことがわかる。 

 Cが問題ある行動を起こした初期、親はもっと子供のためにするべき事がなかったのか。


 赤旗ではC家の家庭環境を、両親が党員夫婦で共稼ぎ、と紹介している。父親は仕事熱心で、党活動も週刊新潮1989年4月20号によると、以前に赤旗紙上で、赤旗拡販功労者として、名前が掲載された位熱心な活動家で、職場に近い地域で数十軒の「赤旗」の配達、集金を受け持っていたという。母親はそんな夫を尊敬し、支えようと頑張っていた人で、自身も同じ職場で看護婦として働いて、遅番の時は、という記述があるところを見ると、二交代勤務で時間が不規則な仕事をしていた。

 親が子供のためにどれだけ時間を割いていたのか。特に父親の生活態度は子供にどう影響していたのか。たしかにCの非行はある時期を境に、悪化していったが、悪化以降の対応より、初期段階での対応が、余程大切ではなかったのか。親は活動に要する時間を割いて、子供に向けてやることはできなかったのか。子供が母親と同じように、父親を尊敬して見ることができていたならば、非行はあったのか。


1989年5月22日(月)「赤旗」追跡女子高生監禁殺害事件 <3>より引用

教育評論家として、元高校教師の小島昌夫氏がコメントを寄せている。Cの家庭を一般論で語っているように見えて、Cが退学を考え始めた高一の夏の父子旅行というエピソードを中心に、いかにもC家の父親が子供のために努力したという、C家の父親を評価するための話が主になっており、他にこれと言った内容がない。

ネット時代というのは恐ろしいもので、次のワードで検索すると、小島昌夫氏と同姓同名の人物が、面白い形でヒットする。おそらくは同一人物であろう。また、日本共産党趣味者なら、氏の立ち位置がどういうものか分かるだろう。私の経験による判断では、氏は九分九厘党員である。

(小島昌夫  大月書店) 
(小島昌夫  新日本新書)

自前の評論家を動員して、C家の父親に好印象を持たせる赤旗記事に権威を持たせたかったのか。


1989年5月23日(火)「赤旗」追跡女子高生監禁殺害事件 <4>より引用

後述するが、もし、Aの存在がなかったらCはどうだったか。そう考えるとCの母親には哀れみをおぼえる。
それと同時に、C家という監禁場所がなかったら、Eさんは命を落とさなかったであろうというのも厳然たる事実である。

赤旗の以下の文は、他の週刊誌などの記述とは明らかに違うところがある。
痩せた時期が二つのソースでは明らかに違う。痩せたと言うことは共に一致しているから間違いはないのだろう。痩せたと人と期できる時期が違うと、C両親に対する客観的見方が大きく違ってくるのだが、どうして微妙な差違が出てくるのだろうか。

 夏から秋にかけ、わずか三ヶ月の間に急激に変化し、荒れていくわが子。その姿にとまどい、奔走しながら、母親は体重が減るほど精神的にまいっていたといいます。

週刊新潮1989年4月13日号 134-135頁によると、

奥さんが去年暮以降、別人のようにやせ細ってしまったのを見ていますからね。当時はダイエットでもしたのか、病気なのか、とウワサしたんですが、

とあり、また、
同週刊誌1989年4月20日号28頁によると、

 一月になって、彼らの家はひっそりとなった。惨劇が終わったからである。少年たちは不眠症になり、親に訴えていたという。当然だ。母親は、近所の人たちが驚くほど体がやせ細った。

Cの親は周囲にCのことで相談しようとしたそうである。が、思っただけで行動に移さなかった。
Cの親はいかにも子供のためにアクションを起こそうと苦慮したような印象を受けるが、何もしてない。
まだAの親の方がこの非行に対して真摯な態度が見て取れる。
週刊新潮 1989.04.20号 によると、
そりあまりの悪党ぶりに、ピアノ教師をしている母親が、綾瀬署に行き、「もう家では手に負えないので施設に入れて下さい」と
頼み込んだという。記述がある。

あきらかにCの親とはこの非行に対する積極性が違う。

Cの親はグループのAやBの家を何度も訪ね、「うちの子とつきあわないように、いってほしい」と頼んだなど、何をいわんやである。

1989年5月24日(水)「赤旗」追跡女子高生監禁殺害事件 <5>  より引用。
ただただ、教育機関に対する責任転嫁。

 80年代初め、全国的に校内暴力などのあらしが吹き荒れて以降、大きくいっ
て、学校の対応の仕方に二つの方向が現れました。

 一つは体罰を含む厳しい〝管理〟で生徒を押さえ込もうとする方向。
もう一つは生徒が主人公となり、生きいきと輝ける学校を目指そうとする方向です。

○○が主人公。最近、共産党のポスターで良く目にしたのが「国民が主人公」という言葉である。
検索ワード「共産党  が主人公」で検索すると、○○の部分にいろいろな言葉が入るのがわかる。
上記の「生徒」の他に「国民」「住民」「市民」色々なバリエーションがある。
これが可能ならばどれだけ素晴らしいことであるが、これがいかに淡い机上の空論であるかは、
述べるまでもないだろう。
 
共産党のめざす方向に教育があったなら、こういう事は起こらなかったと言いたいのであろうが、 
党内の支部が主人公、支部が主役という、なんらなされてないお題目など、たんなる茶番である。

旧C宅
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://ossanman.blog68.fc2.com/tb.php/1699-efdbd915
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB